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熊本家庭裁判所 昭和48年(家)121号 審判

申立人 岸和田萌子(仮名)

相手方 岸和田悟(仮名)

主文

相手方は申立人に対し、

(1)  金一五万七、三一五円を直ちに、

(2)  相手方が○○汽船株式会社に復職したときは、その在職中に限り、復職した月の翌月より、相手方と申立人との婚姻解消に至るまで毎月末までに一ヶ月金六万〇、一〇五円の割合による金員を支払え。

理由

一  申立の趣旨並びに実情

申立人は「相手方は申立人に対し婚姻費用の分担として昭和四八年一月以降毎月金六万五、〇〇〇円を支払え」との調停を求め、その実情として次のとおり述べた。

申立人と相手方は昭和四四年一〇月二七日婚姻し、夫婦間に長女千賀(昭和四五年八月一九日生)長男一郎(昭和四七年一二月一日生)を儲けた。相手方は東京都所在○○汽船株式会社の外国航路の船員であるが、昭和四七年七月中に当時前記長男を妊娠中であつた申立人と長女の生活費として申立人に金二万円を送金し、次で前記会社を通じ同年八月から同年一〇月までに毎月金四万五、〇〇〇円宛送金したが、出産費用およびその後の生活費の支払をしない。申立人は既に長男一郎を出産したことでもあるので昭和四八年一月以降従来の送金額に金二万円を追加し、毎月金六万五、〇〇〇円宛生活費の支払を求める。

二  事件の経緯

本件調停事件につき当庁調停委員会は昭和四七年八月二四日以降八回に亘り調停を試みたが昭和四八年二月一日当事者間に合意が成立する見込がないものとして調停不成立とし、審判に移行したものである。

なお、本件調停事件の繋属中本件相手方が本件申立人を相手取り離婚の調停を申し立て(昭和四八年家イ第一七号事件)、本件申立人もまた本件相手方を相手取り夫婦間の円満調整の調停を申し立てた(同年家イ第八五号)が、両調停事件とも不成立に終つた。

三  当裁判所の判断

(一)  嘱託による調査官の報告書、当庁調査官の報告書、戸籍謄本○○汽船株式会社船舶部長の回答書、当裁判所の本件当事者に対する各審問の結果、前記別件の各調停事件の記録を総合すると次の事実が認められる。

(1)  申立人は昭和四一年三月○○短期大学社会学部社会科を卒業し、相手方は同年同月○○大学水産学部漁業学科を卒業したものであるが、昭和四四年一〇月二七日婚姻し、同人らの間に昭和四五年八月一九日長女千賀を、次で昭和四七年一二月一日長男一郎を儲けた。

(2)  婚姻当時相手方は株式会社○○捕鯨を退職し、失業中であつたが、昭和四五年一月一日東京都所在の○○汽船株式会社に入社することとなつたので同月一五日○○市○町△-△、県営住宅○町団地△-△に居を移し、当時妊娠中の申立人を残し同年二月五日上京し、その後相手方は前記会社の二等航海士として遠洋航海の勤務に執き、一航海が終ると一ヶ月ないし二ヶ月の休暇を得て、その都度○○市内の申立人のもとに帰宅し、航海中は会社を通じて毎月申立人宛に金四万五、〇〇〇円ないし八万五、〇〇〇円程度の生活費を送金していた。また昭和四五年一二月頃相手方は他より借用した金一〇〇万円、申立人が生活費の中から捻出した金員および申立人の婚姻前の貯金等を資金として申立人の妹宮城若菜と持分共同で○○市○○町所在の土地約一二〇坪および同地上の建物二棟(内一棟は棟割長屋)を買い受け、その建物の賃料収入の一部を申立人の生活費に充てていた。

(3)  相手方は昭和四七年五月一三日海員ストのため申立人のもとに帰宅し、スト解決の自宅待機をしているうち、相手方が○○市内に居る同人の実母や兄夫婦から留守中の申立人が相手方実家に余り寄りつかないこと等とかく申立人に対する不平不満を聞かされていた。たまたま同年六月四日上記の事が原因で夫婦喧嘩をし、同月二〇日頃相手方の両親が孫にあたる長女千賀に会いたいと言つて来たのを、申立人において暗に拒否する態度に出たこと、同月二四日相手方が申立人に対し保険金額一五〇万円、契約者相手方、保険金受取人申立人の保険契約を解約しようと相談をもちかけたところ申立人がこれを拒否したこと等が原因で夫婦の感情が爆発し、同日夜相手方は実家に帰つてしまつた。その後相手方は保険の解約手続を採つたが、ストが解決したので上記解約による払戻金を受領しないまま同年八月一日実母のもとから乗船のため上京した。

(4)  相手方は実家に滞在中勤先会社より送金された昭和四七年七月分の給料中より金二万円を申立人に送金し、相手方が上京後は同年八月より一〇月まで毎月金四万五、〇〇〇円宛申立人に送金した。また同年一一月には、その頃既に申立人が前記保険の解約による払戻金三八万三、二五〇円を受領しており、かつ申立人が前記貸家の賃料収入を得ているとして当時妊娠中の申立人の出産費用も送金せず、金三万二、五〇〇円を相手方の母を通じて申立人に送金したが、同年一二月以降は申立人に生活費を送金しないようになつた。

(5)  申立人は昭和四七年一一月、当時第二子の出産を控えていたのに相手方がその出産費用を送金しないので、前記保険の解約による払戻金三八万三、二五〇円を保険会社より受領し、その後その払戻金の中から前記土地、家屋購入の際の借用金の残金一七万円、土地石垣の修理代三万円、建物の修理代二万円、同年一二月一日出生した長男一郎の出産費用七万二、一三〇円以上合計二九万二、一三〇円のほか、一一月分、一二月分、昭和四八年一月分の一部の申立人および二児の生活費等に充当し、同年一月一一日現在申立人の手許にある前記払戻金の残金は金二万、三〇〇〇円となつた。

もともと、前記三戸の貸家については、買受後申立人らがこれを他に賃貸し、賃料合計金二万三、五〇〇円を得、そのうちより金三、五〇〇円を税金その他管理費用として貯金し、残金二万円を申立人と妹宮城若菜とが折半取得していたが、該貸家の借家人は時々異動があり、昭和四七年一二月以後は三戸のうち一戸のみ借家人が居住し、その家賃は一ヶ月金八、五〇〇円に過ぎなかつた。

ところが、相手方は前記払戻金に対する申立人の使途について不信を抱き自己流の計算で昭和四七年一二月現在で残金八万三、五〇〇円ある筈とし、また前記三戸の貸家も全部賃貸されているとの前提に立ち全賃料の二分の一である金一万一、七五〇円の収入がある筈で、そうすれば二児の養育料計二万円とし、申立人に対しては生活費を支払う意思はないので昭和四八年六月分までの養育料の前渡し勘定となるという理由で昭和四七年一二月分以降なんら送金しなかつた。

(6)  相手方は前記会社に勤務し、昭和四七年六月より同年一二月までに同会社より俸給、夏期手当、越年手当等合計金一二四万八、〇三七円の支給を受け、そのうちより所得税四万五、七七〇円、保険料(団体保険料を含む)六万二、五七七円、組合費八、四〇〇円、クラブ費五、一〇〇円等合計金一二万一、八四七円を控除し、残金一一二万六、一九〇円を得ているので、これを平均月額にすると約一六万〇、八八四円となる。(記録中の給与証明書によると、相手方は右期間中航海日当合計金八万六、三二五円を得ているが、航海日当は浮動的であるので月額平均算出の基礎にしない)相手方は申立人に対し離婚訴訟提期の準備中で、これがため実家の母方に滞在し、昭和四八年一月一六日休職となり、休職中は無収入である。しかし、相手方が前記会社に復職しようとすれば何時でも休職前の待遇で就労し得ることになつているのである。

以上各認定事実から判断すると、結局申立人と相手方との夫婦破綻の原因は、申立人の妥協性を欠く性格と、相手方が母および兄夫婦らからの申立人に対する不平不満を盲信し、自ら進んで妻と母および兄夫婦らとの間の調和を計ろうとする努力に欠けることによるものである。また、相手方が申立人に対し昭和四七年一二月以降二児に対する養育料を支払はないのは前記保険の解約による払戻金について自己の誤れる計算に基づくものであり、さらに申立人に対する生活費をも支払はないのは夫婦破綻の原因で、挙げて申立人にその責があるとの考えに立つものであると、みることができる。しかし、夫婦破綻の原因が前記のとおりであり、申立人と相手方が現在もなお、法律上の夫婦であることを考えると、相手方は申立人に対し申立人が養育中の二児養育費を含めた婚姻費用を分担すべきであると判断する。

(二)  そこで、その額を算定するに当つては、上記一切の事情を考慮し、生活保護基準額を修正した修正保護基準方式によるを相当とする。

(1)  ○○市(三級地)内における申立人および二児と相手方について生活保護基準方式による月額を、昭和四七年四月七日付厚生省告示により算出すると、

申立人および二児の分は、

飲食費その他の経費(第一類)  世帯人員による加算額(第二類)

申立人    七、二五〇円      六、八九五円

長女千賀   四、三〇〇円

長男一郎   二、九六五円

計  一万四、五一五円

第一類と第二類との合計     二万一、四一〇円

相手方の分は、

飲食費その他の経費(第一類)  世帯人員による加算額(第二類)

八、五五五円      五、三六五円

第一類と第二類との合計     一万三、九二〇円

(2)  標準家計を保つためには生活保護基準額の約三倍の費用を要するものと考える。

(修正保護基準方式)

そうすると、申立人および二児の標準家計費は上記金二万一、四一〇円の三倍、すなわち六万四、二三〇円となり、相手方の標準家計費は一万三、九二〇円の三倍、すなわち四万一、七六〇円となる。

(三)  結論

(1)  相手方は昭和四八年一月より同年三月までの間会社を休職中で無収入であるが、相手方のそれまでの収入および持分二分の一の不動産を所有していることを考えると、昭和四八年一月以降同年三月までの下記程度の婚姻費用分担額の支払能力はあると認める。そこで相手方は、申立人に対し昭和四八年一月分の婚姻費用分担額として前記金六万四、二三〇円より申立人が同年一月一一日現在有していた保険契約の解約による払戻金の残金二万三、〇〇〇円と貸家一戸分の一ヶ月賃料金八、二五〇円の半額である金四、一二五円を控除した(前記認定事実から相手方が貸家の賃料を婚姻費用の分担金の一部に充当することを暗黙に認めていたと判断する)残額金三万七、一〇五円同年二月および三月分として、それぞれ前記六万四、二三〇円より前同様の賃料の半額である金四、一二五円を控除した各金六万〇、一〇五円宛以上合計金一五万七、三一五円を直ちに支払うべきである。

(2)  昭和四八年四月分以降の婚姻費用分担金については、相手方は目下前記会社を休職中で無収入であるが、会社の意向として相手方が同会社に復職しようとすれば、何時でも復職でき且つ少なくとも従前どおりの収入を得る状態にあるので、相手方が同会社に復職したときは、申立人に対しその在職中に限り、復職した月の翌月より相手方と申立人との婚姻解消に至るまで毎月末までに前同様一ヶ月金六万〇、一〇五円の割合による金員を支払うべきである。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 原田一隆)

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